エッセイ 「11階の訪問者」

11階の訪問者 

 

先日、我が家の玄関の外に吊るしてあるポトスの鉢に水をやっていると葉蔭で何かが動いているのに気付いた。

 

大きな緑色のカマキリだ。

 

警戒してじっと息をこらしている。

 

私は6月にこの11階建てのマンションに引っ越してきたのだが我が家はその11階の端に位置している。カマキリ君はどうやってここにたどり着いたのだろう。

 

妻は「エレベータに乗ってやって来たに違いない」というがそもそもカマキリ君には立派な羽があるのだ。おそらくその羽で追い風に乗ってはるばるここまで飛んできたのだろうと思う。それ以来玄関を出入りするたびにカマキリ君を観察するのが習慣になってしまった。

 

毎日眺めているとなかなか愛着がわいてしまうものだ。

 

ポトスの鉢を出て壁にへばりついているのを見ると、もしかしてここで卵を産むのではないかと、数ミリの小さなカマキリの子がウジャウジャ這い出してくるのを妄想したりしてしまう。

 

それにしても餌はじゅうぶんに足りているのだろうか。ハエや蚊やクモなどもいないこともないが地上に近い住まいほどではない。

 

そんな心配をしていると、ある日を境に姿を見なくなってしまった。

 

「やっぱり飛んでいってしまったね。餌もないから」

 

妻はエレベータで降りていったとは今度は言わなかった。

 

玄関先のポトスの葉蔭にカマキリ君の姿がないのは寂しいが餌の豊富な地上にいる方がいいのだ。 

 

そういえば、マンションの3階や4階に住んでいたときは春になるとベランダの柑橘系の葉っぱにイモムシ君がついていた。

 

イモムシ君は柔らかな若葉ばかりをムシャムシャ食べつくして大きくなりやがてさなぎに姿を変え羽化して旅立っていく。

 

我々は日々忙しく社会的な日常に追われているが時折こうして自然界からの思いがけない訪問を受けることがある。そんなときカマキリ君やイモムシ君と一緒に空を眺め、風を感じ、歩を止めて深呼吸をしてみるのだ。

 

この世界ってなかなかいいもんだなあなどと思ったりする。 

 

ところで、引っ越してきたばかりの頃この11階の通路で初めてゴキブリをみかけた。

 

大きなゴキブリだった。

 

妻は、とんでもない!

 

エレベータに乗ってやってきたに違いないと叫んでいた。 

 

ゴキブリ君にはぜひとも遠慮してほしいが、この我々の住む11階に来年もまたイモムシ君やカマキリ君は訪問してくれるだろうか。

 

羅王