エッセイ「断捨離」

断捨離

 

3LDKの我が家の1室を自分の書斎として使っている。

妻は他の共有部分は掃除をし、片付けているが

基本的に私の書斎と新大阪に借りているオフィスには手を出さない。

 

「そこは自分の城なんだから自ら管理しなくちゃね」

というのが妻の言い分らしい。

とはいえ、私は掃除や片付けが大の苦手ときている。

 

オフィスはそれでもお客さんが来るので何とかやってはいるが自宅の書斎は6月に引っ越してきて以来、実は一度も掃除をしていなかった・・・。

 

最近私の小さな書斎を占領しているのが

2つの壊れた椅子の残骸だ。

 

私の体重が重いのでよく椅子が壊れる。

その椅子をいくつかのパーツに分解する。

 

これらは私の創作意欲をかなりかきたてるし、

ダンボールや木製の空き箱なども同じだ。

 

また、デザートにフルーツを食べたときの楽しみは

その種を集めることだ。その種は種類別にティッシュにくるんで机の上でいつか芽がでる時を待っている。

 

収集癖はそれだけではない。

文房具や紙類、楽器や本や様々な道具類、

ビンや缶も捨てたくないし拾ってきた石や鳥の羽や

何故か団扇や扇子なども好きなのだ。

 

私の小さな書斎は雑多なそれらと仕事用のパソコン機器などで足の踏み場もない状態になっていた。

 

「部屋を片付けていい?」

仕事で出張中に妻が電話をかけてきた。

あまりの散乱振りに我慢できなくなったようだ。

 

私は思わず「ダメだ!触るな」と答えた。

 

あの椅子のパーツやフルーツの種、

お気に入りのビンや木片などが捨てられるのはたまらない。

 

私にとって「片付ける」とは「机の上にきちんと並べる」くらいなのだが妻にとっては「まず捨てる」なのである。

 

引っ越す度に多くのモノを捨ててきた。

 

とりわけドイツを引き上げて帰国するときは

そこでの21年間の生活のすべてを整理するのに何週間も必要とした。

 

 

そこであらゆるものを捨てることで私は

日本での全く新しい生活に突入することができたのだろう。

 

帰国後スーツケース2つで始めた日本での生活も、

6年目にもなると3LDKの住居+オフィスは愛着のあるモノで溢れている。

 

またいつかこれらを潔く捨て去るときがくるかもしれない。

 

ところで現在の我が家で最も古いモノは

30数年前の赤いスポーツタオルだ。

 

私のイニシャルが刺繍してある。

これは知り合って最初のバレンタインに妻が贈ってくれたもの。

 

さすがに色褪せてしまっているがまだ使える。

 

若かった私たちと共にシベリア鉄道でドイツに渡り21年過ごしてまたこの大阪の住居のクローゼットに眠っている。

 

妻は「さすがにもう捨ててもいいんじゃない?」というが、このタオルの歴史を思うととても捨ててしまう気にはなれないではないか!

 

私にはやはり捨てたり片付けたりは向いてないようだ。

 

 

羅王